カルチャー

よりファッショナブルに生まれ変わる!「かりゆしウエア」のこれから

沖縄生まれのリゾートシャツ、かりゆしウエア。その誕生から40年、沖縄県内ではビジネスウエアやフォーマルウエアとしての着用がすっかり定着し、沖縄土産としても一定の人気を得ているが、その可能性はまだ未知数。沖縄から発信する新たな「ファッション」としての、かりゆしウエアのこれからは?

「かりゆしウエア」の40年

 そもそも、かりゆしウエアはどのような経緯で生まれ、ハワイのアロハシャツとは何が違うのか?
かりゆしウエアの歴史をひもといてみると、その始まりは本土復帰前の1970年。当時、沖縄観光連盟の会長であった宮里定三氏が視察研修で訪れたハワイでアロハシャツの歓迎を受け、「沖縄でも南国らしい装いで観光客をお迎えしよう」と「おきなわシャツ」を発案。その後、名称は「トロピカルシャツ」、「おきなわウエア」など紆余曲折するが、'91年に一般公募で「かりゆしウエア」が採用され、現在に至る。
  大きな転機となったのは2000年7月に開かれた九州・沖縄サミット。各国の首脳陣がかりゆしウエアを着用している姿がマスコミを通じて全国に流れ、その知名度が飛躍的にアップした。さらに、'05年から内閣府が提唱している「クールビズ」の一環として中央官庁での着用推進が始まり、'07年6月1日の閣議では、全閣僚がかりゆしウエアを着用して話題となった。
  なお、沖縄県が定義する「かりゆしウエア」とは、沖縄をイメージする色柄で、沖縄県内で縫製されたものを指す。

「かりゆしウエア」の歴史
1970年 社団法人沖縄観光連盟(会長:宮里定三)が、アロハシャツに負けない、沖縄らしいウエアを作ることを目的に、「おきなわシャツ」を一般公募し、発売
1972年 本土復帰により売上拡大が期待されたが、販売不振。しかし、1975年の若夏国体にてホテル組合が在庫を購入、売上が伸び始める
1975年 海洋博覧会に粗悪品のアロハシャツが大量入荷し、「おきなわシャツ」にも悪影響を与える
1990年 「めんそーれ沖縄県民運動推進協議会」の運動目標の一つの沖縄らしいウエアの推奨として、着用が奨励される
1991年 ウエアの名称を一旦は「かりゆしウエア」として制定
1995年 沖縄県が美ら島沖縄観光立県を宣言。トロピカルリゾート演出の意識調査を実施。絵柄、素材、デザイン、価格、着用期間などについての調査結果を参考に「トロピカルウエア」を販売
1999年 沖縄県ホテル旅館生活衛生同業組合が2000年の「九州・沖縄サミット」に向け「トロピカルウエア」普及運動を展開。大手企業、金融機関、一般企業が「トロピカルフライデー」を実施し、徐々に普及し始める
2000年 6月、サミットに向け再度ウエアの名称を検討し「かりゆしウエア」に統一。社団法人沖縄県工業連合会が「かりゆし」の商標登録を行う。 7月、サミットにおいて各国首脳が着用したことで、 以後急速に普及
2007年 クールビズがスタートする6月1日の閣議において、全閣僚がかりゆしウエアを着用
※内閣府ホームページ「政府の沖縄政策/かりゆしウエアの歴史」より転載

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